大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和25年(う)2140号 判決 1952年3月25日

控訴人 被告人 工藤貞三

弁護人 中山武雄

検察官 柳沢七五三関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金二千円に処する。

右罰金を完納することができないときは金五十円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

原審及び当審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は記録編綴の被告本人並びに弁護人中山武雄の各作成名義の控訴趣意書と各題する書面記載のとおりであるから茲に之を各引用し左の如く判断する。

弁護人の論旨は原判決は審理不尽及び事実誤認があるといふのであるが、原判決挙示の証拠を精査すると判示事実を認めることができるから所論の如き審理不尽及び事実誤認はない。所論は畢竟原審の専権に属する証拠の取捨選択を論難するに帰し採用するに足らぬ。被告人の控訴趣意の骨子とするところは、要するに、本件事業たる聖徳協同農場は被告人が単独に経営するものでなく被告人及び右農場に於ける労務者全員の共同経営であるから各労務者は何れも被告人との雇傭契約に基いて雇入れられたものでない。従つて各労務者の受くる給与は右農場の収益よりの分配金であるから賃金ではないにも拘らず原判決が本件農林事業を被告人の経営に係はるものとし高井義一及び江村富士雄両名の受けた給与を賃金と認定したのは事実誤認であると云ふに帰する。凡そ労務者が事業の共同経営に参加する場合は労務の提供そのものを評価して企業の経営から生ずる利益に参加するのみならず企業の損失をも分担し資本出資者と対等の立場を以て独立して自主的に参加するものでなければならない。そこで、此の点につき原審において取り調べた証拠並びに当審において調査した資料を具さに検討すると、労務者たる高井義一及び江村富士雄は他の労務者と共に被告人方に宿泊して食事其の他若干の衣服を給せられる等の利益を受け且原判示の如き不定期に金員の給与を受けた事実は明であるが本件企業より生ずる損失については独り被告人のみの負担に帰するものであることが窺われ、高井、江村その他の労務者等に対しては損失分担につき何等取り決めた事実は認められない且右支給せられた金員の額は被告人と会計事務を担当している労務者坂本利雄の両名のみの協議で各労務者の技倆成績等を勘案して決定したものであることは坂本利雄の原審及び当審における証言に徴しても明であるから此の点については労務者は何等協議に参加していないといわなければならない。而して本件証拠によつてはその他本件企業たる農林事業の経営、業務の執行等につき労務者が協議に参加したと認めることは出来ないのみならず到底各労務者が自主的に企業に参加協力した立場を窺ふ事が出来ないから本件事業を共同経営と見ることはできない。従つて高井、及び江村その他の労務者は被告人及びその補助者と認むべき坂本利雄の指揮監督の下に労務に服しているものであつて使用従属の関係にあるものといふことができるから右労務者は労働基準法第九条に謂ふ労働者と断定出来る。又被告人は労務者に賃金として支払つたものでないと主張するのであるが、賃金とは賃金、給料、手当、賞与其の他名称の如何を問わず労働の対価として使用者が労働者に支払う総べてのものをいふこと労働基準法第十一条に明定するところであつて、本件証拠によれば被告人が高井及び江村に支払つた金員は同人等が被告人との使用従属の関係のもとで行ふ労働に対してその報酬として支払つたものであることは明であるから被告人が之を賞与若しくは小遣の名義で与へたとしても実質は賃金と見るべきである。よつて原判決に所論の如き事実誤認はない。尚被告人は縷々陳述するところであるが要するに独自の見解を以て原判決を非難するものであつて採用することは出来ない。

しかしながら職権を以て原判決の当否を調査するに、原判決は法律の適用に於て被告人の判示所為は労働基準法第二十四条第二項第百二十条に該当するものとし之を一罪として処断したものであることは原判決の記載に徴し明であるが、しかし本罪は高井義一、江村冨士雄の両名に対し各別に本罪成立するものと解するを相当とするから原判決が之を併合罪として処断しなかつたのは法令の適用を誤つたものと謂わなければならない。而して右の誤は判決に影響を及ぼすことは明であるから原判決は此の点に於て破棄を免れない。

尚進んで職権を以て刑の量定の点に付調査するに記録並びに原裁判所において取り調べた証拠に現われている被告人の性格、経歴、被告人が篤農家であつて且夙に聖徳太子を崇拝するの念強く太子の精神を昂揚せんが為めに自己の農場を聖徳協同農場と命名して労務者との精神的結合を計ると共に社会奉仕を志して不浪者或は刑余者等を自己の農場に収容し保護善導に努力したことも窺われること被告人の本件犯行当時の模様其の他諸般の情況を被此考察するに被告人の犯行は悪質のものとは思われず当時労働基準法の施行後未だ日浅いため之を熟知しなかつたことに基因するもので情状寔に憫諒すべきものがある。よつて原審の被告人に対する罰金二千円の科刑は必ずしも重いとは思われないが之に実刑を以て臨むより寧ろ右罰金刑の執行を猶予すべき案件であると思料するから右罰金刑に執行猶予を附さなかつた原判決は不当で此の点においても破棄を免れない。以上の次第であるから刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条第三百八十一条に従つて原判決を破棄することとし而して訴訟記録並びに原審並びに当審において取り調べた証拠によつて直ちに判決することができるものと認め刑事訴訟法第四百条但書によつて被告事件につき更に判決する。

原裁判所が証拠によつて認定した事実に法律を適用すると、被告人の判示所為は各労働基準法第二十四条第二項第百二十条に該当し刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十八条第二項に従つて合算額の範囲内において被告人を罰金二千円に処し右罰金を完納することができないときは刑法第十八条に従つて金五十円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。尚情状刑の執行を猶予するを相当と認め刑法第二十五条を適用し本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予することとし原審及び当審の訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第百八十一条第一項を適用して主文の通り判決する。

(裁判長判事 杉浦重次 判事 小林登一 判事 佐藤盛隆)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例